Mayの人生舞台裏
仮面ライダーカブトと加賀美新と佐藤祐基さんをひたすら語るブログ

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May

Author:May
仮面ライダーカブト大好き!
加賀美新にハマり、佐藤祐基さんの演技に惚れ、今や佐藤さん自身の大ファンでもありますw
ガタックとともに誕生したこのブログ。《加賀美贔屓目でw》カブトや、佐藤祐基さんのことあれこれ語ってます♪
TB・コメント大歓迎です(^^)
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バラエティの中のドラマ ~仮面ライダーカブト感想~

先日、自分は『カブト』の見方を間違っていたようだと記事書いたんですが、じゃあ、どう見ればよかったのかと考えてみて・・・カブトって1年間のドラマではなくて、バラエティとして観ればよかったのかなと思ったんです。
 
振り返ってみると、1年間を通してある本筋のドラマ部分って少なかったんじゃないかなぁって思うんですよ。
カブトにおける2話完結というパターンの弊害ってことについて、以前もコメントとかに書きましたけど、2話完結ってところがもうバラエティにリンクしてくる形式だったんだなぁと、今更ながら思うんですね。
でも、1~10話まではちゃんとドラマだったと思うんです。
だからここまででその『カブトワールド』にすっかりハマってしまった私のような人間は、今後のドラマの展開にすごく期待してしまったし、11・12話で故意にその世界観を壊された時はショックで、壊されたカブトを受け入れ難かった。
この時に、カブトのドラマにどっぷりではなくて、そのバラエティ色を楽しいと受け止められた人はそこからいろんなテイストを楽しめたのでしょうけど・・・・。
私のように、コメディやギャグはあくまでドラマの中のスパイス、付属品、気分転換という感覚で捉えていると、カブトのそれはすごくうっとおしいんですね、その存在がドラマにとって代わられてしまい邪魔に感じてしまう。
最初からバラエティっぽかったらそれなりに受け止めていたと思うんですけどね~。
唐突な設定や思わせぶりな(だけの)謎、エピソードを、バラエティとして、これは気に入った、面白かった、これはあんまり好みじゃない・・・そんな感じで観ていれば、落ち着いて楽しめたんじゃないかなと・・・・。

悠希さんがコメントで、『根幹』に当たる部分が殆ど無くて大半が『枝葉』とおっしゃっていましたが、根幹にあたるドラマの割合がとても少なく、枝葉が・・・それも根幹からの繋がりに工夫が感じらず統一性のない寄せ集めっぽい枝葉がわさわさ付いているような感じ・・・・。
バラエティに富んで面白くていいじゃん!と言う人もいれば、私のように落ち着き無くてうっとおしいと思う人間もいるってことで・・・・。
もちろんそれなりに楽しませてもらったし、何より先日書いたように役者さん達の搾り出すような魅力を堪能させてもらったことは得難いとは思うんですが、それ以上に必要としていたものが満たされなかった要因であるわけで・・・
ドラマの中にバラエティ色が織り込まれ、キャラの魅力がたち、役者さんのいろんな面が見られるのなら嬉しいんですが、同じキャラがバラエティの中のドラマパートとギャグパートのそれぞれに別物として存在するような感覚はどうにも受け入れられませんでした。

《あくまでいい意味でw》“壊す”とか“裏切る”を仕掛けるのが好きそうな白倉Pが、明言して壊したカブトの世界観。
実際あの1~10話はよく出来ていたと思うんです。
特に4話なんていうのは、あの時期に加賀美にああいうエピソードをやらせたってことで、すごく期待させたと思うんですね。米村さんや白倉P、武部Pも揃ってポイントとしてあげているエピソードで、評価もしてるし、《実は私も4話でカブトにハマりました》 雨の中のクロックアップシーンも素晴らしかったし。
そして武部Pが放送時から絶賛しているのが9・10話。
加賀美ザビーの話は、ガタック変身まで間のある加賀美が資格者となり得る人間だというアピールのために後付けされたエピソードだったそうですが、それがすごく感動的に、画的にも素晴らしく仕上がったと。
で、米村さんが一番印象に残っているというのが21・22話のガタック誕生編なんですよね。これは1話を書いた段階で対として頭にあったそうですし。
白倉Pをもってして東映公式で『このエピソードを語るために、これまでの物語はあった』と書いてる。《だって11~20がほとんど・・・げふっごふっ
そして43・44話で天道と加賀美が並び立って、最終話でうまく終結出来たと米村さんは言ってるんですが・・・《うーーん、あの最終話は私としては消化不良ですけどね~、だって47・48話がさぁ・・・》
こうしてみると、ドラマパート好きで加賀美好きな私が好きな回と全部一致するんですよねぇ・・・《41・42話あたりは加賀美ファンには美味しいエピソードだったんですけど、回も押し迫ってきていて謎やら設定の矛盾の処理の悪さに振り回されて、どっぷりドラマに浸れなかったのが残念》加賀美がメインの話は盛り上がるみたいな話をこれまでも目にしましたけど、やっぱりそうだったのかと・・・そして、そこだけだったのかも・・・とも思いました。

でもそれは主人公の天道が加賀美に食われたということでなくて、あくまで主人公は天道。
最終回観てもやっぱりその存在感は圧倒的に描かれているし、かっこよさも鮮やかだし、途中ひよりのワーム発覚で不自然におかしくなっちゃった時以外は、まさに絶対的な存在、お天道様って感じ。
ただ天道があまりにも完璧なので人間ドラマとしては感動話になりにくいんだろうなと・・・。
いつか米村さんがルパン三世を例に出してましたけど、天道は“粋”だったり、スマートなカッコよさウィットのあるおもしろさが魅力で、ベタにドラマチックな話ってあまり合わないんですよね。
天道は周りがどう変化しようと、なにが起ころうと変わらぬ不動の人。
加賀美は周りを巻き込み、巻き込まれ、突っ走る変化の人。
だから加賀美がドラマを変化させひっぱる役割で、ドラマ全体の色は天道が締めてるって感じなのかなと。

・・・・そっか、私の好きなところは、作り手側でも一応統一されてる部分だったんだ。《少なすぎるのが至極残念だけど・・・》
それこそごっそりそぎ落とした気分だけど・・・・でもなんかスッキリしてきたぞ。《超自己満足!(爆)》
じゃあ、残った部分だけでレビュー書こうかな♪書けるかな?(笑)



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